義母の緊急入院と親の介護

義母の体調が急に悪くなり、日曜の早朝に救急搬送され、そのまま入院となりました。

容態はだいぶ良くなり、昨日面会に訪れた際には元気に会話ができるまでになりました。話したくて待ってました!とばかりに喋りまくる義母の顔をみてホッとしたのと、とても嬉しかったです。

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我が家において「介護」とは、夫婦共同作業の1つです。そして、どちらの両親も自分の親として分け隔てなく接しています。

高齢化社会と言われるようになり、親の介護は社会全体の大きな課題となっています。

介護のスタイルは十人十色。

正解なんてないので、自分たちのライフスタイルに合った方法を選んでいけばいいと思っています。

介護をしていると今までにない様々な壁にぶつかります。こんなとき夫婦でいることの良さを感じます。

どちらかが都合や体調が悪くても代わりになれたり、出来ることも2倍になる。

そして、嬉しいことや悲しいことを分かち合える。想いを共有できる存在がいることは、何よりも大きい。

10年前はまだ実感がなかったけど、もう自分たちが介護の話をするような歳になったのだなあ…と、今は夫との話も、友人との話も、専ら親の話題になりました(笑)

介護=大変という認識がある世の中です。たしかに体力も使いますし、自分の時間も使います。

私の母は養父母を介護し最期を看取りました。そして今は身体が不自由になった父のそばで毎日支えています。時には愚痴もでるけど、そんな献身的な母の姿は私にとって生きた学びでした。綺麗事ばかりではない現実も知っています。

それでも私は幸せだなぁって感じることの方が多いです。

つい先日亡くなられた、故 西城秀樹さんの奥さまが、結婚生活を振り返ったときに看病の時間が多かったことを「幸せな時間でした」と話していました。あの気持ちが、私はよくわかります。

本来は自分の時間だけども、それを誰かのために使うこと、大切な人のために使うことを幸せに思う…私も同じ考えです。

今は私の両親はとても安定していて、元気に過ごしていますが、夫の両親は今助けてあげないといけない状況です。夫の両親も私にとってはかけがえのない大切な人。

ヒトには必ず終わりがあります。その日が来るまでは、どちらの両親にも、いつも朗らかに笑い、穏やかに、楽しく過ごして欲しい。

そんなことを思いながら過ごす毎日です。

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